プログレッシブロックの誕生

プログレッシブロックという言葉を日本で使い始めたのは、東芝音楽工業の洋楽部だと言われている。ピンク・フロイドのアルバム「原子心母」が出た頃から使われ始めたということである。いずれにしても、ピンク・フロイド、イエス。、キング・クリムゾン、ムーディー・ブルース、E、L&Pといったバンドの音楽を指す言葉プログレッシブロックは、この当時からある種の音楽ジャンルをカテゴライズするためだけに使われるようになり、プログレッシブというt言葉本来の持つ意味からはかけ離れたものになってしまっていった。日本でいうところのプログレッシブロックという言葉からどんな楽器を想像するかと考えれば、シンセサイザー、といえるだろう。確かに、操作ひとつで信じがたい程の音色が得られるこの楽器は、ギターとともに。現在のミュージックシーンの花形楽器だといっても過言ではない。

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プログレッシブロックとしてのイエス

キング・クリムゾン、ピンク・フロイドと並び、プログレッシブロック御三家的な扱いを受けているイエスは69年にアルバム・デビューを果たしたが、彼らの音楽性は、ハード・ロック、、ポップス、フォーク・ロック、にクラシックな味付けがなされ、プログレッシブロックというよりは、レッド・ツエッペリンなどと共に、ブリティシュ・ハードロックシーンを支える存在として注目されていた。しかし、デビュー・アルバム以降はいわゆるキーボードとギターが変わり、ギターとシンセサイザーのバトル等が演奏され、プログレッシブロックの一大勢力へと進化していっ。イエスはボーカルのジョン・アンダーソンが澄んだ声質ですぐにわかるサウンドであった。イエスは一度解散状態となったが、メンバー代わり、ハードでポップなプログレッシブロックへと変身を図った。これが、大成功で、第二期の黄金時代を迎えた。イエスは今もグループを続けているが、いわゆるプログレッシブロックとはいえない昔の音楽性で発展性が全くなくなっている。

プログレッシブロックとしてのキング・クリムゾン

プログレッシブロックで一番手はどのグループかと問われれば、私はキング・クリムゾンを推したい。1969年デビューアルバムを発売、初の演奏は、ローリング・ストーンズのハイド・パークのブライアン・ジョーンズ追悼コンサートの前座で行われた。デビュー・アルバムの気味が悪いが味がある、と同様にコンサートも素晴らしいものであった。プログレッシブロックの範疇の中では一番その革新性に溢れている。ギタリスト兼リーダーのロバート・フロップの歪んだギターの音と優秀なプレーヤー揃いのグループであった。メンバーは3回以上交代したが、常に時代の先を進み優れたパフォーマンスを演じていた。アルバムはどれもよくて、どれを買っても失敗はない。もし、無人島に一枚だけアルバムを持って行かねばならない場合にはデビュー作の「クリムゾン・キングの宮殿」を持って行きたいと思っている。プログレッシブロックの中の一つの金字塔である。一度、「クリムゾン・キングの宮殿」を聞いてみてください。凄いですから。

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Copyright © 2007 プログレッシブロックへの道